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『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』

惨劇 繰り返さぬように 『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』 フリーライター 加藤 直樹さん(47)

生まれ育った東京・新大久保の街で、男たちが「朝鮮人を殺せ!」と声を張り上げている。「在日特権を許さない市民の会(在特会)」によるヘイトスピーチ。その光景が、九十年前の惨劇と重なって見えた。

 一九二三年九月一日正午前に発生し、首都圏に甚大な被害を与えた関東大震災。その渦中で「朝鮮人が暴動を起こす」「井戸に毒を入れた」といったデマが広がり、大勢の朝鮮人が殺された。加害者の多くは、デマを信じた住民たちだった。

 「公道で『朝鮮人を殺せ』という人たちが出てきたのは、あの時以来でしょう。でも、誰も大震災とつなげていない」

 加藤直樹さんは「このままではまずい」という危機感から昨年九月、関東大震災での朝鮮人虐殺を描くブログ「9月、東京の路上で」を始めた。

 仲間と現場を訪ね、丹念に資料を調べる。地震発生時から追体験できるよう、惨劇が起きた日時に合わせて更新した。

 九月二日午前五時ごろ、消防団に捕らえられた朝鮮人の若者は、警察に連行される途中、荒川にかかる旧四ツ木橋で死体が山になっているのを目撃した。その後の数日間、付近では朝鮮人虐殺が繰り返された。三日午後四時には、隅田川にかかる永代橋付近で、陸軍兵士らが朝鮮人三十人前後を殺害した。

 各地の虐殺を体験者の証言などからたどる期間限定のブログに「九十年前の出来事とは思えない」とコメントが相次いだ。「過去というより、最悪の未来をのぞいた人が多かった」

 ブログ執筆中の昨年九月、久しぶりに新大久保を訪れた。そこで、出版社を経営する友人と再会し、書籍化が決まった。

 各章の扉の絵は、韓国の友人に頼んだ。麻布に墨汁をつけてたたきつけた作品。麻は貧しい人が葬式で着るもので、二度と狂ったことが起きないよう、思いを込めたものだという。

 本の中には、襲われる朝鮮人を守った日本人も登場する。千葉・丸山集落の農民たちは、二人の朝鮮人を守るため、鎌やくわを手に一晩、寝ずの番をして自警団の侵入を防いだ。栃木県の小山駅前では、一人の女性が群衆の前に立ち「こういうことはいけません」と訴えた。

 「守った人は、個人としての朝鮮人を守りました。殺した人は、記号としての朝鮮人を殺した。記号は殺せるんですよ」

 ころから・一九四四円。 (加古陽治)

 

2014年6月8日

 

【書く人】

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/kakuhito/list/CK2014060802000165.html

www.cataloghouse.co.jp/yomimono/140715/ - キャッシュ

今年3月に出版された加藤さんの著書『九月東京の路上で』は、関東大震災の際に起こった朝鮮人虐殺事件の実相を、当時の手記や証言などをもとに描き出す歴史ノンフィクションです。ここ1~2年のヘイトスピーチが蔓延する状況(注)に警鐘を鳴らす内容です ...

http://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/140715/

 

いまへと続く憎悪の空気

『九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』 (加藤直樹 著)

評者安田 浩一 プロフィール

かとうなおき/1967年生まれ。法政大学中退。出版社勤務を経てフリーランスに。鹿島拾市の名で、宮崎滔天や「蟻の街」をつくった松居桃楼、朝鮮人女性飛行士の朴敬元など近現代史上の人物論を中心に「社会新報」他の媒体に執筆。本作が初の著書となる。 ころから 1800円+税

かとうなおき/1967年生まれ。法政大学中退。出版社勤務を経てフリーランスに。鹿島拾市の名で、宮崎滔天や「蟻の街」をつくった松居桃楼、朝鮮人女性飛行士の朴敬元など近現代史上の人物論を中心に「社会新報」他の媒体に執筆。本作が初の著書となる。 ころから 1800円+税

 

 ヘイトスピーチが飛び交う“差別デモ”が全国各地で繰り返されている。標的とされるのは在日コリアンだ。

「朝鮮人をガス室に送れ」「韓国人の家を焼き払え」「韓国人を殺せ」

 下劣な言葉を連呼しながら、デモ隊が白昼の街頭を堂々と練り歩く。

 私はここ数年、こうした“現場”ばかりを追いかけてきた。

 本書の著者である加藤直樹もまた、同じ場所で同じ景色を網膜に焼き付けながら、やはり怒りで全身を震わせていた。

 しかし、排外主義の異様な盛り上がりから“いま”を読み解こうとしている私とは違い、加藤の冷静な視点は過去を遡る。風景をさらに奥深く分け入ってみるならば、目の前に広がるのは血なまぐさい殺戮の現場だった。殺せ。叩き出せ。追い出せ。在日コリアンに向けられた憎悪の叫びから、加藤は九十年前に東京の路上で展開されたジェノサイドの「残響」を手繰り寄せたのである。

 一九二三年九月の東京――。関東大震災のさなかに「朝鮮人虐殺」は起きた。

「朝鮮人が放火している」「井戸に毒を投げている」という流言飛語を真に受けた人々が刃物や竹ヤリで朝鮮人を襲った。

 この惨劇は「過去の話ではない。今に直結し、未来に続いている」と加藤は書く。そうした「焦りのような思い」を抱えて、加藤は東京各地を訪ねる。

 震災当時の記録や証言を集め、鮮血に染まった九十年前の路上を振り返り、そして、ヘイトスピーチが飛び交う「いま」を思う。

 読み進めながら寒々とした気持ちになるのは、本書に収められた当時の記録が、いまへと続く憎悪の空気を感じさせるからだ。

 新聞は連日のように「不逞鮮人の陰謀」を書きたて、朝鮮人への憎悪を煽っていた。偏狭なナショナリズムをドライブとした当時の世相が、「嫌韓」の気分に満ち満ちた現在の日本社会をも照らし出す。

 震災当時、小学生だった子どもたちの作文も紹介されている。

「朝鮮人が立木にゆはかれ竹槍で腹をぶつぶつさられ(刺され)――」「みなさんがたが朝鮮人をつついていましたからは(わ)たくしも一べんつついてやりました」

 あっけらかんとした描写が、かえって不気味で痛々しい。それは、「チョンを沈めろ」と無邪気に叫びながら練り歩く差別デモ参加者の姿と重なる。

 だからこそ加藤は「あれから九十年後」の路上に立った。過去と現在は地続きなのだと強く訴えるのである。

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/3844